DQトピックス
パワーハラスメント防止対策の強化-6月1日措置義務化に備えて
2020.04.28

もくじ
1.パワーハラスメント防止対策の義務化

2020年6月1日から、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(以下、「労働施策総合推進法」といいます。)」により、事業主にパワーハラスメント防止対策の措置が義務化されます。中小企業は、2022年4月1日から義務化されますが、それまでは努力義務となります。
労働施策総合推進法の改正による、パワーハラスメント防止対策のポイントは、次のとおりです。(※下線部筆者の補足追記)
2.パワーハラスメントの定義
これまで、パワーハラスメント防止については、セクシュアルハラスメント防止を規定した男女雇用機会均等法のように、長らく明確な法律がありませんでした。今回、労働施策総合推進法第30条の2で新たに規定し、次の①~③の行為をパワーハラスメントと定義しています。
※下線部、括弧、丸数字は、筆者の補足追記
- 事業主は、職場(注1)において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する③労働者(注2)の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
- 事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取り扱いをしてはならない。
このパワーハラスメント防止対策により、事業主には相談窓口を設置するなどして相談体制を整備し、相談に応じて改善等を行う義務が発生します。第30条の2第1項・第2項に違反し、是正勧告を受けて、それに従わなかった場合に企業名等を公表、並びに報告を求めた際に報告をしない、あるいは虚偽の報告をした場合に20万円の過料が科せられます。これは、労働施策総合推進法30条の2第1項・第2項の是正勧告が対象で、指針等に対するものではありません。
3.パワーハラスメント3要素と行為類型

パワーハラスメント防止対策の具体的な内容については、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(以下、「パワーハラスメント指針」といいます。)に基づいて行うことが想定されます。パワーハラスメント指針の内容については、「該当する・該当しないの事例が不適切で、パワーハラスメントを正当化する理由に使われる」などの問題点を指摘する声もあるようですが、少なくとも判断する際の1つのよりどころにはなると思われます。
パワーハラスメント指針では、これまでの概念等を整理して、「職場のパワーハラスメントの3要素」を解説し、「6つの行為類型」を示しています。
【職場のパワーハラスメントの3要素】
- 優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること
- 業務の適正な範囲を超えて行われること
- 身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること
【職場のパワーハラスメントの6つの行為類型】
- 身体的な攻撃(暴行・傷害)
- 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
- 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
- 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
- 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
- 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
以下、「職場におけるパワーハラスメントの3要素」について、政府の「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書/平成30年3月(以下、「検討会報告書」といいます。)」の内容を踏まえて解説します。

「優越的な関係(優位性を背景)」とは、「職位、専門知識、あるいは集団による行為」を挙げています。
「ハラスメント」とは、「嫌がらせ・いじめ」という意味です。「嫌がらせ・いじめ」の矛先は、得てして自分より弱い人に向かいます。言うなれば、職場におけるパワーハラスメントとは、職場で自分より弱い人を探し出し、その人をターゲットに「嫌がらせ・いじめ」を行う「弱い者いじめ」です。パワーハラスメントに該当するか否かに関わらず、職場において、あってはならない行為は撲滅するという意識が不可欠です。
「業務の適正な範囲を超えて」として、次の4つが挙げられています。
- 「業務上明らかに必要性のない行為」
- 「業務の目的を大きく逸脱した行為」
- 「業務を遂行するための手段として不適当な行為」
- 「当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える行為」
ただし、「業種、業態、職務、当該事案に至る経緯や状況等によって業務の適正な範囲が異なる」とも明示しています。似たような事案において、上司・部下の人間関係の状況を背景として判決が分かれた判例もあります。組織としては、従業員のパワーハラスメントに対する感受性を醸成し、共有化することが大切です。
「身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害する」とは、誰の感じ方を基準とするかが問題です。
検討会報告書では、「一律に判断することは難しい」「上司が委縮して通常の指導を躊躇(ちゅうちょ)する」などの意見も明記されています。パワーハラスメントの事案では、多くの加害者側は「業務上の指導」であると主張します。組織として、指導育成は、組織マネジメントの1要素です。パワーハラスメント指針では、この判断基準を「平均的な労働者の感じ方」として、「同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当である」と説明しています。
4.パワーハラスメント防止対策の強化

パワーハラスメントの裁判では、その事案に至る前提となった状況がどうだったかという事実が重要な意味を持っています。その言葉、その行為が、相手にどのような影響を与えるか、相手の立場に立って考える「想像力」が求められます。取締役などをはじめとした全従業員に対し、その「想像力」を高めることがパワーハラスメント防止対策強化につながる根源的な施策になると思います。そのためには、まず全従業員にパワーハラスメント防止に関する周知や意識づけを行うことが重要です。
最後に、パワーハラスメント指針が求める事業主が講ずべき(講ずることが望ましい)措置は、次のとおりです。
5.おわりに―筆者からのメッセージ
以前、ある企業の研修担当者に、「実際には、パワハラ・セクハラはあるんだろうけど、実例が上がってこないので、実体のない幽霊と戦っているみたいだ。」と言われたことがあります。これが多くの組織の本音・現状なのだろうと思います。今一度、パワーハラスメント防止措置が6月1日に義務化されることに備え、組織の状況をしっかりと確認し、職場で起きている問題を把握できるように対策の強化を推進してください。
参考資料
- 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)/厚生労働省HPより
- リーフレット「2020年(令和2年)6月1日より、職場におけるハラスメント防止対策が強化されます!」/厚生労働省HPより
- パンフレット「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました! ~~セクシュアルハラスメント対策や妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント対策とともに対応をお願いします~~」/厚生労働省HPより
- 「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会 報告書(平成30年3月)」/厚生労働省HPより
- 「事例で学ぶパワハラ 防止・対応の実務解説とQ&A」/労働新聞社
- 「わかりやすいパワーハラスメント 裁判例集」/財団法人21世紀職業事業団
- 「ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち」/白河桃子
1960年 神奈川県生まれ
1984年 立教大学文学部 卒業
1984年 専門商社 入社、商品本部などを歴任
1990年 人材開発会社 入社、人材開発営業部、研修講師等を歴任
2002年 労務コンサルタントとして独立
2005年 三留社会保険労務士事務所 開設
専門
労務管理、コンプライアンス、公務員倫理、ハラスメント、人事評価、面談スキル、各種能力開発で研修講師や教材監修などを手掛けている。