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ESG経営推進に欠かせない取締役会のスキルマトリックス-取締役会が保有すべきスキルとは?

2020.11.24

もくじ

 前回は特定領域に強みを持つ人材を幅広く採用することで、取締役会の多様性を促すツールであるスキルマトリックスについて、日本企業の開示状況、及び作成のプロセスを紹介しました。スキルマトリックスは有効活用すれば、大変便利なツールであるものの、日本企業の開示状況をみると、必ずしも真価を発揮できていないケースが多く見受けられます。特には以下の図で ①取締役会が保有すべきスキルを特定、②現在の取締役会においてスキルの過不足を判断、の2段階で、課題があり、本稿ではその詳細と解決策について述べます。

      出所:著者作成

1.取締役会が保有すべきスキルの特定

(1)要求理由の開示

 スキルマトリックスの作成においては、まず取締役会が保有すべきスキルを特定する必要があります。必要なスキルセットは中期経営計画など会社の方向性を中心に挙げていくのが通例です。さらに挙げたスキルについては投資家に中期経営計画から察するように期待するのではなく、企業自ら説明する必要があります。

 ただしスキルマトリックスを公表した約50社でこの説明が出来ているケースは稀です。多くの企業はただスキルマトリックスを示すのみで、要求理由を一切開示していません。すなわちスキルマトリックスでのスキル開示は現任の取締役の保有スキルの概要を示していると誤解されかねないのです。

 仮に取締役候補の選任方針を示している場合でも、その記述が要求理由まで言及していないことがほとんどです。例えば、株式会社クボタは選任方針の冒頭で以下のように説明していますが、実際にスキルマトリックスで示している製造・研究開発、経営・マーケティング、財務、法務・リスク管理、海外経験が必要な理由は十分に説明しているとは言えません。

「食料・水・環境」分野において広範囲な事業領域を有する当社において適切な意思決定および経営の監督を行い、グループ全体の持続的な成長および企業価値向上を実現するため、社内から、当社の事業経営に関する幅広い知見と豊富な経験を備えている者を、社外から、東京証券取引所が定める独立役員および当社が定める独立性基準の要件を満たし、実践的かつ客観的な視点および高い見識を備えている者を選任します。
出所:株式会社クボタ 定時株主総会招集ご通知(第130期)(https://www.kubota.co.jp/ir/sh_info/convocation_pdf/cn130.pdf)

 また株式会社荏原製作所は早期にスキルマトリックスを公表した1社ですが、以下に示す通り、要求理由の説明は実質なく、スキルマトリックスで挙げているスキルを羅列するにとどまっています。

会社経営の観点から当社にとって重要と考えられる知識・経験を、「法務・リスク管理」、「人事・人材開発」、「財務・会計、資本政策」、「監査」、「(当社グループにおける)個別事業経営」、「企業経営、経営戦略」、「研究・開発」、「環境」、「社会」、「内部統制・ガバナンス」の分野と定義し、全ての分野について適切な知見を有することに加えて、当社として特に期待する分野を定めた上で取締役候補者を指名しています。
出所:株式会社荏原製作所ホームページ 取締役会の構成(https://www.ebara.co.jp/about/ir/Governance/composition/)

 この観点で積水化学工業株式会社の以下の説明は先進的です。もちろん挙げている企業経営・経営戦略、財務・会計、法務、品質管理、人事・労務・人財開発、国際性、研究開発の全てのスキルについて説明しているわけではありません。しかし長期ビジョンや中期経営計画との関連を明示している点は注目に値します。

積水化学グループは、新しい長期ビジョンと中期経営計画を策定し、その実現に向けて踏み出しました。ESG(環境・社会・ガバナンス)を経営の中心におき、現有事業の拡大と新事業の創出を柱にして、DX(デジタル変革)を活かして2030年に業容倍増を目指します。
 つきましてはESG経営、DX、新事業開発に関する高い見識と監督能力を有する執行役員が取締役に加わり、その知見を取締役会において発揮することにより、当社グループの将来にわたる事業成長と持続的な企業価値向上に貢献することが期待できると判断し、取締役を1名増員したいと存じます。
出所:積水化学工業株式会社 第98回 定時株主総会招集ご通知 (https://p.sokai.jp/4204/election/agenda2.html)
(2)マテリアリティ分析との整合性

 先述の積水化学工業株式会社のように、ESGやSDGs(持続的な開発目標)を経営の根幹に据えていると説明する企業が増えています。しかしESGやSDGsと一言にいっても膨大な数のテーマが存在し、それらと自社事業の関連性は一様ではありません。そこで企業は特に自社と関係の深いテーマを特定するためにマテリアリティ(重要性)分析を行います。通常経営陣が重要と考えるとともに、企業のステークホルダー(利害関係者)が重要と考えるテーマを特定し、優先的に取り組むテーマとしていることが多いです。マテリアリティ分析は企業が自主的に行うこともありますが、外部ステークホルダーを招致してのダイアログ、外部コンサルティング会社によるサポートを得て、行われることもあります。また一度分析を行えばその結果をずっと使い続けられるわけではなく、情勢の変化を取り入れるため、定期的に見直す必要もあります。

 このようにマテリアリティ分析には時間と労力をかける企業が多いのですが、その結果をスキルマトリックスに反映している企業は稀です。例えば野村ホールディングス株式会社は以下の通りスキルマトリックスの要求スキルを公表しているものの、マテリアリティ分析の結果と乖離があり、投資家からの誤解を招きかねません。

図表1 野村ホールディングスのマテリアリティ分析結果と要求スキルの比較

出所:野村ホールディングス「Nomura Report 2020」「第116回定時株主総会招集ご通知」から著者作成

 この観点でのベストプラクティスは日本郵船株式会社によるものです。同社はESGと経営戦略の統合を掲げ、重要課題として安全、環境、人材と定義し、それをスキルマトリックスにも含めています。

図表2 日本郵船のマテリアリティ分析結果と要求スキルの比較

出所:日本郵船「NYK レポート 2020」から著者作成

2.現在の取締役会におけるスキルの過不足の判断

(1)社内昇格取締役のスキル開示

 取締役が保有すべきスキルを特定したら、次に必要なのは現在の取締役がそれらを網羅しているかを確認することです。もし特定のスキルばかりに人材が集中していたり、保有すべきスキルを持つ取締役がいなかったりすれば、取締役の選解任を通じて調整が必要となります。しかし、そもそも現在の取締役について保有スキルの開示がなければ、過不足を判断できません。特に社内昇格の取締役についてスキルの開示が行われていないケースが散見され、取締役会全体の保有スキルの全容が把握できないことがあります。医薬品・商社・銀行、情報・通信セクターでは社内昇格取締役の保有スキル非開示が一般的となっており、今後改善が期待されます。

(2)社外取締役によるスキルの補完

 先述の通り、取締役会で保有すべきスキルの特定は必ずしも十分になされていませんが、社内昇格取締役が持っていないスキルを持つ社外取締役を候補者として、取締役会のスキルを補完している事例があります。

 例えば株式会社ワコールホールディングスでは要求スキルのうち、会社経営・事業運営、財務・会計、法務・コンプライアンス、国際性、人材開発の5つについては社内昇格取締役が保有していますが、唯一の女性取締役である社外取締役が文化芸術・社会的視点を補完しています。女性下着メーカーである同社にとって、女性の価値観をインプットする重要な役割を担っているものと推察できます。

(3)スキル保有を裏付ける実績開示

 前項で示したような、社外取締役の独自性が明確である場合はその必要性が理解しやすいですが、多くの場合、社内昇格取締役と同じスキルを持つ社外取締役が候補者となります。その場合、彼らのスキルが十分に発揮できるかどうか、保有スキルの裏付けとなる情報を確認する必要があります。

 その中でも特に懸念されるのはESG関連のスキルを保有するとされている取締役候補者についてです。先述の通り、ESG・SDGsを経営の根幹に据える企業が増えており、取締役候補者にもESGに関する知見を求めるケースが増えてきました。環境や人材のようにESGの特定の領域についての知見を求める、最適な取締役候補者をスキルマトリックスに示す企業がある一方、要求スキルにESGを挙げる企業があります。

 例えば、資生堂は要求スキルにESGを挙げており、社内昇格取締役1名、社外取締役4名が同スキルを保有していると開示しています。しかし彼らのプロフィールを見ると、コーポレートガバナンスに関する専門知識について強調されている反面、環境・社会面についての記述が見当たりません。先述の通り、ESGと一口に言っても、多様なテーマを孕んでいることから、それらの個別テーマの専門性をスキルマトリックスで示すことが肝要と言えます。

日本証券アナリスト協会認定アナリスト
黒田 一賢
くろだ かずたか

日本サステナブル投資フォーラム 分科会統括リーダー・運営委員
青山学院大学 地球社会共生学部 非常勤講師

2003年岡三証券入社、英国の調査機関EIRIS(現Vigeo Eiris)、Climate Bonds Initiativeを経て、2015年株式会社日本総合研究所入社。2016年12月に日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)運営委員就任、2020年6月に分科会統括リーダーに就任。

日本証券アナリスト協会認定アナリスト。運用機関向け調査会社の格付会社Extel及びNGOのSRI-CONNECTが主催する独立系調査機関所属非財務アナリストランキングIRRI2012で世界4位。

日経COMEMO、月刊ビジネスアイエネコ、SDGs経営で連載しているほか、Responsible Investor、日経ヴェリタス、週刊エコノミスト、日経ESG等に寄稿実績。また日経SDGsフォーラムにおいて基調講演、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター主催「ファンドマネジメント講座」ESG投資の実務コースにおいてESG評価機関の取組について講演実績。著書に『ビジネスパーソンのためのESGの教科書 英国の戦略に学べ』。

2003年青山学院大学経済学部卒、2008年ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス(LSE)、環境政策・規制修士コース修了。

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