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樋口先生の「失敗に学ぶ経営塾」WEB講座-第1回 関西電力のコンプライアンス違反事件(全5回)

2020.07.21

    もくじ

    第11回 ACFE JAPAN カンファレンス(オンライン開催)の登壇者でもある、危機管理・リスク管理の研究者 樋口先生による企業不祥事解説の連載記事です。第1回~第5回まで、関西電力で行われてきた長年の金品受領問題を紐解いていきます。

    1.多額の金品提供

     2018年1月,金沢国税局が原発関連業者を法人税法違反容疑で調査したところ,架空の経費計上に関連して高浜町元助役のM氏(2019年3月死去)への多額の支払いが判明し,その使途として関西電力(以下,「関電」)の幹部への金品提供を示すメモが発見された。その後の調査で,Y会長・I社長を初め,関電とその子会社の計75人が総額約3億6千万円の金品を受領していたことが明らかになった。

     詳細が判明している2011年以降の受領分を見ると,現金約1億4千万円,商品券約6千万円,金貨約5千万円,スーツ券約3千万円などである。個人別には,100~500万円が5人,500~1000万円が4人,1000万円以上が3人であった。特に原子力事業本部の幹部の受領額が突出し,事業本部長(代表取締役副社長)のX1氏が約1億1千万円,事業本部長代理(常務執行役員)のX2氏が約4千万円,副事業本部長のX3氏が約1億2千万円であった。

     金品提供が始まったのは,M氏が高浜町助役を退職した1987年とされる。当初は現場幹部が主な提供先で,1回の金額も5~20万円程度であったが,2005年に原子力事業本部が福井県に移転すると同事業本部も提供先に加わり,1回の金額も20~50万円程度に増えた。2011年に福島原発事故が発生してからは金額が急増し,1回に100万円以上が提供されることも珍しくなくなり,段々とエスカレートしていった状況がうかがえる。

     M氏との面談や会食の機会に,あるいはM氏からの郵送等の形で,手土産や昇進祝いという名目のもとに金品が提供されていた。菓子などの土産物の袋の底に金品を入れて渡すというケースが多かったとされる。受領を断ろうとした者もいたが、M氏が激昂するので、仕方なく受け取っていた。

    2.M氏と関電の「腐れ縁」

     M氏は,高浜町役場時代に高浜原発3・4号機の誘致に従事し,地元関係者の説得に尽力した。関電と地元とのトラブルを解決するトラブルシューターの役割も果たしており,その中には公にできない性質のものも含まれていた。この点について第三者委員会報告書は,「地元対策には関西電力の資金を必要としたに違いないが,経営トップの意向を受けて,M氏が資金の流れを含め多種多様な地元対策を行っていた可能性は否定できない。(中略)ある経営トップ経験者は「当時の地元対策には領収書のいらないお金も使われていた。」と述べている」(同200頁)としている。

     そのことが「関電の弱み」となった。実際にも,関電担当者に対しM氏本人が,「原発立地当時の書類を世間に暴露したら,大変なことになる」と恫喝していた。やがて関電側はM氏に頭が上がらない状態に陥っていった。

     M氏は,「些細なことで急に怒り出し,長時間にわたって叱責・激昂することが多々あるなど,感情の起伏が大きく対応が非常に難しい人物」(調査報告書3頁)であったが,関電側はそれに屈従することが習い性になった。原子力事業本部では,役職者がM氏に就任の挨拶や時候の挨拶をするとともに,M氏の接待のために年始会,お花見会,お誕生日会等を開催していた。記録が残っている2009〜2017年の間だけでも,これらの行事は計421回に達し,接待交際費として8,952万円が支出されていた。

    3.金品提供による「共謀関係」の構築

     関電は,遅くとも2000年代から,M氏と特別な関係を有する企業(特別関係企業)に便宜を図っていた。その一つが,工事計画の情報(発注・施工の時期,工事内容,工事概算額,元請の社名など)の提供である。入札や価格交渉の場面で特別関係企業にとって有益な情報になる(=他の業者に対して不公平になる)だけでなく,入札業者間の談合を助長するおそれもあり,コンプライアンス的に不適切なことは明白である。

     さらに関電は,特別関係企業に業務を発注することまでM氏に約束していた。例えば甲社については,毎年35億円前後の発注予定額が約束され,実際にもそれと同規模の発注が実行されていた。ちなみに,原子力事業本部では,発注予定額の未達がないよう各原発に指示まで出していた。また,乙社については,同社に業務を受注させるために,合理的理由がないにもかかわらず特命発注にしていた。

     提供された金品の原資は,こうした特別関係企業からM氏に支払われた報酬やリベートであった。M氏としては,コンプライアンス的に問題があると承知の上で,金品提供を通じて『共謀関係』という構図を作り,受領者の弱みを握ることで関電との関係を継続させようとしたと考えられる。前述のとおり原子力事業本部の幹部の受領額が突出しているのは,特別関係企業への発注に関するキーマンだったからだろう ¹。

     また,M氏側からすれば,金品の提供は「関電の弱み」の再生産でもあった。この点について第三者委員会報告書は,「このM氏と関西電力の構造には,時が経てば経つほど抜け出しづらくなる恐ろしさが内在していた。(中略) 金品を受領してきた年月及び発注要求に応じてきた年月が長くなるにつれ,いわば共犯関係とみられかねない期間や関係者が増大する」(同162頁)と指摘している。

     次回は,こうした不適切な関係を継続せざるを得なかった関電側の事情について解説する。

    【今回の要点📝】

    裏技を使えば仕事がスムーズに運ぶかもしれない。 しかし,その裏技を使ったという事実が,将来にわたって自分を縛り付ける「鎖」になる。

    【注釈および参考資料】

    <注釈>

    1. M氏は,福井県庁職員に対しても就任祝い・餞別等の名目で金品を提供していたが、金額的には大半が1万円以下(最高でも20万円)にとどまり,関電とは大きく異なる。県庁では一般競争入札への切り替えが進み,特別関係企業への発注を操作できなくなったためと考えられる。

    <参考資料>

    • 第三者委員会(2020) 『調査報告書』(第三者委員会報告書)
    • 高浜町元助役関係調査委員会(2019) 『高浜町元助役との関係にかかる調査報告書』
    • 調査委員会(2018) 『報告書』(調査報告書)

    警察大学校警察政策研究センター付
    博士 警察庁人事総合研究官
    樋口 晴彦
    ひぐち はるひこ

    1961年、広島県生まれ。1984年より上級職として警察庁に勤務。愛知県警察本部警備部長、四国管区警察局首席監察官等を歴任、外務省情報調査局、内閣官房内閣安全保障室に出向。1994年に米国ダートマス大学でMBA取得。警察大学校教授として危機管理・リスク管理分野を長年研究。2012年に組織不祥事研究で博士(政策研究)を取得。危機管理システム研究学会理事。三菱地所及びテレビ東京のリスク管理・コンプライアンス委員会社外委員。一般大学で非常勤講師を務めるほか、民間企業の研修会や各種セミナーなどで年間30件以上の講演を実施。

    【著作】
    『ベンチャーの経営変革の障害』(白桃書房 2019)、『東芝不正会計事件の研究』(白桃書房 2017)、『続・なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか』(日刊工業新聞社, 2017)、『なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか』(日刊工業新聞社, 2015)、『組織不祥事研究』(白桃書房 2012)など多数。その他に企業不祥事関連の研究論文を学術誌に多数掲載。コラム「不祥事の解剖学」(ビジネスロー・ジャーナル誌)、同「組織の失敗学」(捜査研究誌)を連載中。

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