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樋口先生の「失敗に学ぶ経営塾」WEB講座:第2回 不正行為の自己正当化ー関西電力のコンプライアンス違反事件

2020.08.04

もくじ

第11回 ACFE JAPAN カンファレンス(オンライン開催)の登壇者でもある、危機管理・リスク管理の研究者 樋口先生による企業不祥事解説の連載記事です。第1回~第5回まで、関西電力で行われてきた長年の金品受領問題を紐解いていきます。第2回の本稿は、組織的対応の欠如により金品受領がエスカレートした要因について解説します。

1.「人質」とされた原発

 高収入の関電幹部としては,コンプライアンス的に問題のある金品に手を出す必要はなく,むしろ対応に苦慮していた。受領者の多くは,問題の金品を個人的に保管し,異動や退任の際に御礼などの形でM氏に返していた。実際にも,事件発覚前の2017年末までに計1億2,450万円の金品が返却されている。そこまでしても受領を続けざるを得なかった事情として,福島原発事故後に地域の同意取り付けがさらに重要になったことが挙げられる。

 2011年の福島原発事故の発生により,日本では原発の稼働数が一旦はゼロとなったが,2015年以降に原発再稼働が進められた。もともと原子力への依存度が高かった関電では,2018年度に原子力発電の比率が29%に回復していた。その一方で,新規制基準で必要とされる「特定重大事故等対処施設¹」の工事が遅れており, このままでは再び稼働停止となりかねなかった。

 原発は発電コストが安く,関電の経営にとって重要な位置を占めている。もしも稼働停止に陥ると,1基当たり年間数百億円の収益悪化につながるとされる。関電としては,工事を早急に完成させた上で,地元の同意を取り付けて再稼働を実現することが喫緊の課題であった。そのためには, 地元有力者であるM氏の機嫌を損ねるわけにはいかない。いわば原発を「人質」に取られていたのである。

2.組織的対応の欠如

 金品受領問題に対し,組織としての対応が必要なことは明らかだった²。しかし実際には,「M氏への対応については,前任者からの引継ぎや,周囲からの助言等に基づいた,個々人ベースの対応が基本とされており,金品を渡された際の対応要領や渡された金品の取扱・返却方法など,会社として対応者を支援する仕組み・体制はなかった」(調査報告書6頁)とされる。かくして「個々人ベース」でM氏に対応していたため,不安感や恐怖心など個人としての弱さが露呈し,毅然とした対応を取ることができなかった。
 
 ただし, 受領者はいずれも関電幹部で,自らイニシアティブを揮うべき立場である。「個々人ベース」の対応が会社方針であっても,コンプライアンスに違背している以上,その是正に向けて行動を起こすべきであった。しかし実際には,コンプライアンス部門への相談さえ行われず,長年にわたり問題が放置されていたのである。その背景の一つとして,「不正行為の自己正当化」が挙げられる。

3.不正行為の自己正当化

 筆者の過去の研究では,「不正行為を自己正当化する事情が存在するために,心理的抵抗が軽減されて不正行為の実行が容易になるリスク」として, 「不正行為の自己正当化のリスク」を指摘している。自己正当化の具体的な事情としては, 「組織防衛」「前例踏襲」が散見される。

 関電側には,前述のとおり原発再稼働をスムーズに進めて電力供給と経営を安定させるために,また,第1回で説明した「関電の弱み」を暴露されないために,M氏と良好な関係を保たなければいけないという「組織防衛」の意識が存在した。さらに,長年にわたってM氏との不適切な関係が続けられて慣行化していたという「前例踏襲」や,事後的にM氏に返却すれば金品を受領したことにはならないという「事後回復³」も加わったと考えられる。

 その結果,「不正行為の自己正当化のリスク」が発現し,M氏への迎合が多額の金品受領にまでエスカレートするとともに,組織的対応が一向になされず,問題が長年にわたり放置されたのである。ちなみに,自己正当化によりM氏への迎合を続けることで,「関電の弱み」が再生産されるとともに,慣行がより強固になって自己正当化がさらに進行するという負のスパイラルが成立していた。

 第3回は, 組織的対応を遅らせたもう一つの問題として, 原子力事業本部の閉鎖的な人事について分析する。

【今回の要点📝】

日本では, 「会社のために」という組織防衛の意識から不正を自己正当化しているケースが少なくない。
しかし, その不正が発覚した時のことを考えれば, 決して会社のためにならないことが分かるはずだ。

【注釈および参考資料】

<注釈>

  1. 航空機衝突やその他のテロ行為によって原子炉格納容器が破損した場合に放射性物質の放出を抑制するための施設。格納容器への注水設備,フィルタ付ベント設備,電源設備,緊急時制御室などで構成される。
  2. 具体的なやり方としては,一定額以上の金品を受領してはならないという会社側の基本方針を定めた上で,コンプライアンス部門がM氏にその旨を説明し,さらに各人が受領した金品を一括して返却することが考えられる。
  3. 「受領金品についてはいずれ返せばよく自らに利得は生じていないという考えが免罪符となって,(中略) M氏との関係断絶を図る決断力を発揮できない構造となっていた」(第三者委員会報告書162頁)。

<参考資料>

  • 第三者委員会(2020) 『調査報告書』(第三者委員会報告書)
  • 調査委員会(2018) 『報告書』(調査報告書)

【「樋口先生の「失敗に学ぶ経営塾」WEB講座 連載一覧】

  1. 第1回 関西電力のコンプライアンス違反事件(全5回)
  2. 【本稿】第2回 不正行為の自己正当化ー関西電力のコンプライアンス違反事件
  3. 第3回 閉鎖的な人事―関西電力のコンプライアンス違反事件
  4. 第4回 調査委員会の機能不全―関西電力のコンプライアンス違反事件
  5. 第5回 監査役会の機能不全―関西電力のコンプライアンス違反事件(完)
  6. 第6回 著作権法違反事件関連の連載開始予定
警察大学校警察政策研究センター付
博士 警察庁人事総合研究官
樋口 晴彦
ひぐち はるひこ

1961年、広島県生まれ。1984年より上級職として警察庁に勤務。愛知県警察本部警備部長、四国管区警察局首席監察官等を歴任、外務省情報調査局、内閣官房内閣安全保障室に出向。1994年に米国ダートマス大学でMBA取得。警察大学校教授として危機管理・リスク管理分野を長年研究。2012年に組織不祥事研究で博士(政策研究)を取得。危機管理システム研究学会理事。三菱地所及びテレビ東京のリスク管理・コンプライアンス委員会社外委員。一般大学で非常勤講師を務めるほか、民間企業の研修会や各種セミナーなどで年間30件以上の講演を実施。

【著作】
『ベンチャーの経営変革の障害』(白桃書房 2019)、『東芝不正会計事件の研究』(白桃書房 2017)、『続・なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか』(日刊工業新聞社, 2017)、『なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか』(日刊工業新聞社, 2015)、『組織不祥事研究』(白桃書房 2012)など多数。その他に企業不祥事関連の研究論文を学術誌に多数掲載。コラム「不祥事の解剖学」(ビジネスロー・ジャーナル誌)、同「組織の失敗学」(捜査研究誌)を連載中。

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