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<連載>日本電産の元CFOが教える、コロナ危機を乗り越える秘訣①―企業経営者のみならず、管理職や中堅社員、若手社員、全てのビジネスパーソンに送るアドバイス

2021.01.07

 吉松加雄氏(62)は、日本電産株式会社の名物経営者として名高い永守重信代表取締役会長を2008年から常勤役員として10年間に渡って支え、2009年から2016年までは経営の羅針盤を示すCFO(最高財務責任者)を務めてリーマン・ショックなどの危機を乗り越え成長に導いてきた。現在はホシザキ株式会社、株式会社ミクシィで社外取締役を務めるかたわら、その豊かな知見と経験を共有すべく東京都立大学大学院で教鞭もとる。しかし、社会人生活の始まりは挫折を味わうことから始まったという。
 ※インタビュー・撮影は、感染対策を行った上で2020年12月末に都内の弊社本社会議室で行いました。

吉松加雄氏:学生時代から海外志向があり、中東やアフリカで変電所をつくる、フルターンキープロジェクトという砂漠の中に建物から作りあげていく事業にロマンを感じて、海外営業を志望して三菱電機に入社しました。ところが配属されたのは神戸工場の経理部で全くの想定外。製品の原価計算をして、利益計画をつくり損益状況をフォローする部署でした。入社してからわかったのですが、経理や人事といった職能部門は、基本的にはその職能のなかで異動しながらキャリアを積んでいく。つまりずっと経理の仕事を続けないといけない。もしかしたら、一生国内の工場勤務になるかもしれない。海外志望の夢を描いた学生時代の想定と違っていたため、挫折感を持ったというのがスタートでした。

―その挫折感が変わったきっかけは。

吉松氏:早く経理から営業に、できれば海外に異動したい。そういう思いがある中で、自分の教育担当の先輩が「担当する製造部に対して経営のアドバイスができるレベル(今でいう工場のCFO)に3年で到達する」という目標を掲げてくれ、その言葉が常に頭の中にありました。とはいえ、1年目は全くモチベーションが上がりませんでした。2年目にその先輩が異動され、いつまでも挫折感に浸っていられる状況ではなくなり、自分でなんとかしないといけなくなりました。

―具体的にはどんなことをされたのですか。

吉松氏:世阿弥の「守・破・離」ですね。現在、人材育成プロセスとして推奨していますが、3~5年で一つの仕事をマスターして、次のポジションへ異動する。「守」である1年目は、まず先輩に言われたことをきっちりできるようになる。経理財務というのは、抜け漏れがあるとガバナンスやコンプライアンスにも直結しますので、まずは上司や先輩に言われたとおりにやる。ただ、そのままでは効率化や標準化が進まないので、「守」の段階で改善のネタを見つけておき、Off-JTで自己研さんを積みます。そして「破」の2年目に業務改革に取り組みます。個人にとってもキャリアを積めますし、会社にとっても業務効率化と標準化が進みます。そして3年目以降で「離」の段階です。業務改革を暗黙知や属人的な形で終わらせず、マニュアルを作り形式知にします。そうなると引継ぎも短時間で済みますし、後任者がそれを読めばすぐ仕事を始められます。

 配属先で成果を上げた吉松氏は、イギリス子会社の経理部門へ異動。そこは学生時代に夢見ていた中東・アフリカの発電所建設事業を担当していた。そこから吉松氏の華々しいキャリアがスタートする。三菱電機に勤めた18年の間にイギリス、シンガポール、アメリカの現地法人で計11年CFOを務めたほか、外資系のIT企業や製薬企業で計8年間経理財務責任者やCFOを務め、2008年1月に日本電産へ入社する。

―日本電産に入社した理由は。

吉松氏:私の職業人としてのテーマは、「日本企業のグローバル化」でした。一方、入社当時の日本電産は海外企業のM&Aを推進しながらグローバル大企業になっていくというビジョンを掲げていました。1時間ほどの面接の中で、永守会長が「持続的な企業価値向上のためのグローバル戦略を立案し、主導するCFOを探している」と話されたことを覚えています。それから、「なぜ三菱電機を辞めたのか」とも聞かれました。

―差し支えなければお話しいただけますか。

吉松氏:20年前の日本の伝統的な雇用制度は、終身雇用と年功序列でした。規模は小さいとはいえ経営の意思決定も行う海外子会社のCFOを3カ国で務め、その後ビジネススクール留学を経て、日本の大きな組織に戻っても中間管理職のレベル。成果主義導入前の当時の人事制度に閉塞感も感じて、財閥系のメーカーから事務系の転職が珍しかった時代に円満退職ながら半ば脱藩するような覚悟をして外資系に転職しました。アメリカ駐在当時に野球の野茂選手がメジャーリーグに挑戦して活躍されていたことも刺激になり、外資系に挑戦しようという気概もありました。

―最近、耳にするようになったメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用のはしり、という感じですね。

吉松氏:その点、日本電産は開示されている役員の異動を見ても実力実績主義でそうそうたる経歴のプロフェッショナルの参画が多いですね。

―現在の日本電産の社長は日産自動車出身ですね。流動性の高い人事、役員の中途採用というのは会社の方針なのでしょうか?

吉松氏:そうですね。グローバル大企業に成長していくためにクロスボーダーのM&Aをはじめ、社内にノウハウの少ない新規事業の立ち上げによるビジネスポートフォリオの転換を進めているので、プロパー幹部の育成と並んで必要な人材、有能な人材を常時中途採用して、参画いただいていました。そのようにして持続的な成長を促進していくということです。2008年1月に日本電産に入社した時、前任のCFOが70歳手前、私が49歳でした。その時日本電産の売上は7000億円強でした。経営を高度化し、「グループ・グローバル・ガバナンス」の3Gを強化し、海外のM&Aを進めて一兆円企業を目指す。私には三つのミッションがありました。そうして前任者から引継ぎを始めた直後にリーマン・ショックがありました。

 リーマン・ショックを乗り越えるために日本電産が打ち出した奇策は、日本中の注目を集めた。

 リーマン・ショックや主力製品の生産拠点があるタイの洪水など度重なる危機を乗り越え、日本電産を飛躍的な成長に導いてきた吉松加雄氏が語る、コロナ危機を乗り越える秘訣。全四回で連載します。次回掲載予定日は、1月上旬です。

株式会社CFOサポート
代表取締役社長兼CEO
吉松 加雄
よしまつ ますお

慶応義塾大学経済学部卒、スタンフォード大学経営大学院修了。三菱電機株式会社のイギリス、シンガポール、アメリカの現地法人、サン・マイクロシステムズ日本法人、エスエス製薬株式会社等のCFOを歴任。2008年日本電産株式会社に入社後10年間常勤役員、うち2009年より7年間取締役常務/専務執行役員兼CFOを務めた。米金融専門誌Institutional Investor誌のCFOランキングで電子部品セクターのベストCFOに2013年から4年連続選出。62歳。

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