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<連載>日本電産の元CFOが教える、コロナ危機を乗り越える秘訣②―企業経営者のみならず、管理職や中堅社員、若手社員、全てのビジネスパーソンに送るアドバイス

2021.01.14

 三菱電機時代に海外子会社のCFOを務め、外資系企業でも経理財務のプロフェッショナルとして活躍した吉松氏は、2008年1月に日本電産株式会社に入社した。「一兆円企業を目指す」と公言していた永守重信代表取締役会長(当時は代表取締役社長)の下、前任のCFOから引継ぎを受けている最中にリーマン・ショックが世界を襲う
 ※インタビュー・撮影は、感染対策を行った上で2020年12月末に都内の弊社本社会議室で行いました。

―2008年のリーマン・ショックの頃、永守会長をどのように支えてきたか、当時の話を聞かせてください。

吉松加雄氏: 金融危機として始まったリーマン・ショックですが、実態経済や製造業界に影響が波及してきた11月下旬から12月にかけて、まず十数通りの業績予想、シミュレーションを作りました。その時に役立ったのが、三菱電機の神戸製作所で営業配属の希望がかなわぬ挫折感の中で先輩から学んだ収益管理の手法(第一回記事参照)で、その後三菱電機の海外子会社や外資系企業で実践的に応用してレベルを上げていました。しかし、十数通りのシミュレーションをそのまま永守会長に上げるわけにはいきません。
シリコンバレー流の「最善を期待しながら最悪の事態に備える」流儀で、最善のケース、最悪のケース、今の状況で最もあり得るmost likeなケースの3パターンに絞り、永守会長に報告しました。その結果、「やはり大変な状況だな」ということになり、上場していたグループ会社7社のうち6社の通期業績予想を下方修正しました。このシミュレーションを踏まえて永守会長が年末年始の間に考えて目標設定したのが、利益率倍増を目指す「ダブルプロフィットレシオ(WPR)」プロジェクトです。WPRプロジェクトの発足と同時に、グループ全体で約10万人いる従業員のうち日本人社員1万人強の給与を一時的にカットすることも発表されました。

―従業員の給与カットは当時大きく報道され関心を集めました。従業員のモチベーションは下がらなかったのですか?

吉松氏:それが、むしろ危機感を高めることにつながりました。「それくらい大変なんだ」というのが一瞬にして伝わったんです。私の講演でよく引用している「八段階の変革のプロセス」(「企業変革力」ジョン・P・コッター著、梅津祐良訳、日経BP社)でも、企業変革の第1段階は危機意識を高めること、とされています。ただし、危機感が高まっても「どうしたらいいのだろう」と立ち往生していては、危機を乗り越えられません。危機を克服し打開する前向きな取り組みとして、前述した「ダブルプロフィットレシオ(WPR)」プロジェクトを立ち上げ、売上高がリーマン・ショック前の水準に回復した際には営業利益率を2倍にすることを目標に掲げました。

―日本電産は、翌2009年度にかけて業績をV字回復させました。現在コロナ禍で苦しむ多くの企業も、その要因を知りたいと思っています

吉松氏:日本電産の経営の特徴の一つがスピード経営です。創業オーナーで経営者の永守会長が即断即決し進んでいく。派閥のようなものはありません。それから、合理的な意思決定です。私は欧米の経営者とも長く一緒に仕事をしてきましたが、永守会長は経営の意思決定において過去の慣習などにとらわれず幅広く提案を求め、最も合理的に意思決定する経営者の一人です。これらは、日本電産の創業初期からアメリカのIT企業とのビジネスを通して培われ、欧米企業のM&A とPMI(買収後の統合)によって一層拍車がかかってきたのではないかと思います。外資系IT企業のサン・マイクロシステムズ株式会社の日本法人でCFOを務めていた頃、経営のスピードが日本企業の10倍速いと感じましたが、日本電産はさらに数倍速いな、と感じました。

―スピード経営というと、海外企業の特徴ですね。

吉松氏:伝統的な日本型の経営は、コンセンサスビルディングで根回しをして意思決定していく。それに比べて、アメリカ・シリコンバレーに本社があったサン・マイクロシステムズでは、当時まだスコット・マクネリーCEOをはじめ創業経営者がいたこともあって、本当にスピード感がありました。オープンでフランクなコミュニケーションの中から生まれる良い提案はすぐに採用されて、採用されればすぐに実行。車の運転に例えると、高速道路に入った時にスピードにのるまでちょっと怖い感じがありますが、スピードにのってしまえば周りの車と同じ速度で走行しているので非常に快適。交差点もなく進んでいく。そういう心地よさがあります。

―創業オーナー兼経営者による即断即決は、ワンマン経営の負の側面が表れる場合もあると思います。永守会長と意見が合わなかったり、吉松氏がSTOPを進言しているのに永守会長がGOとすることはなかったのですか?

吉松氏:常にオープンでフランクな意見交換を行っていました。毎月の経営会議や個別の打ち合わせ、あるいは週報でリスクと機会(opportunity)を報告する中で、さまざまな質問を受けたり、重要なポイントについて意見交換をしていました。そのようなプロセスの中で調整をして、CFOとして経営品質(ガバナンスとコンプライアンスの遵守徹底)を向上させる前提のもと、「和して同ぜず」の姿勢でベクトル合わせに努めていましたので、大きく考えに相違があって相対したような記憶はありません。「和して同ぜず」とは、先ほど触れた収益管理の方法とともに、社会人最初の配属先である三菱電機神戸製作所経理部で学んだことです。収益管理の仕事に携わると、向上心から自分の担当している製造部や事業部、そして会社全体の収益を向上させたいという思いが強くなるのですが、道を外れて粉飾や不正を行っては元も子もありません。そこで経理としての一線を越えることのない心がけ「和して同ぜず」も、当時の先輩から学びました。これが私の仕事の基本姿勢となり、その後三菱電機の海外子会社や外資系企業の日本法人、そして日本電産でCFOを務めた際も、その時々の経営者にそのスタンスを理解していただいてきました。

―社会人生活のごく初期に、しかも挫折を感じながら学んだことが、吉松さんのキャリアを支える土台になっているのですね。

吉松氏:そうですね。それからスタンフォードビジネススクールで、「最善を期待しながら最悪の事態に備える」を基本としたシリコンバレー流のアグレッシブな高い目標設定と10倍速レベルのスピード経営を学び、シリコンバレーの象徴的な会社のひとつだったサン・マイクロシステムズ日本法人のCFOとして実践してきました。そして日本電産では、シリコンバレーのさらに一段上を行く永守会長の高い要求水準の目標とスピードを、いかに経営品質を向上させ、合理的な科学的経営を導入しながら実現していくかということに腐心しました。リーマン・ショック後の「ダブルプロフィットレシオ(WPR)」プロジェクトを始めとする高い目標の達成に向けて、地に足をつけた現場、現実、現物の3現主義と科学的経営の研究によって具体的な施策(ノウハウ)を生みだし、それらを形式知化するためにマニュアル化して啓蒙活動をしながら目標達成に努めました。

 吉松氏が示した経営の羅針盤と、それによって生み出される永守会長の合理的な意思決定によって、日本電産はリーマン・ショック、東日本大震災、タイの洪水といった度重なる危機を乗り越え、2012年度には主力製品の需要急減に対応するべく構造改革に着手。リーマン・ショックを越える売上高の落ち込みを経験しながら再びV字回復に成功した。これらの経験から生み出されたコロナ禍の企業経営に効くアドバイスとは。第三回記事につづく。

 日本電産を飛躍的な成長に導いてきた吉松加雄氏が語る、コロナ危機を乗り越える秘訣。全四回に渡って配信します

株式会社CFOサポート
代表取締役社長兼CEO
吉松 加雄
よしまつ ますお

慶応義塾大学経済学部卒、スタンフォード大学経営大学院修了。三菱電機株式会社のイギリス、シンガポール、アメリカの現地法人、サン・マイクロシステムズ日本法人、エスエス製薬株式会社等のCFOを歴任。2008年日本電産株式会社に入社後10年間常勤役員、うち2009年より7年間取締役常務/専務執行役員兼CFOを務めた。米金融専門誌Institutional Investor誌のCFOランキングで電子部品セクターのベストCFOに2013年から4年連続選出。62歳。

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