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内部通報

改正公益通報者保護法の指針、どう解釈すべきか?オリンパス内部通報者 濱田氏に聞く<全5回>

2021.10.15

2021年8月20日、消費者庁は2022年6月までに施行改正公益通報者保護法への指針を発表した。改正法の施行まで1年を切っているなかで、この指針は企業にとって重要な情報となる。
連載第5回の本記事では、濱田氏に通報者の観点も含め指針への評価と企業へのアドバイスを伺った。オリンパス社での内部通報をきっかけに情報漏洩や不利益な待遇を経験者した濱田氏は、この改正法の作成過程において消費者庁よりアドバイザーとしてヒアリングを受けている。

※インタビュー後の10月13日に、消費者庁のHPにて「公益通報者保護法に基づく指針の解説」が公表されました。部分的に濱田氏の目線による解釈がありますので記事と解説の双方をご確認いただければと思います(DQトピックス編集部より)

これまでの内部通報受付窓口の延長ではない

Q:指針をご覧になって、率直な感想をお伺いいたします。

濱田氏: 改正法の実効性を目指したことが分かる、かなり踏み込んだ指針になっていると思います。その分、政府が企業等に対して、「この指針をどのように具現化し実行にもっていくか」と言う新たな課題が浮かび上がったとも言えます。
指針の文中で内部通報でなく「内部公益通報」と記載しているのは、改正法施行で政府から企業経営者へ特に伝えたいことが、「”公益通報” の定義をしっかりと理解してください」とのメッセージだと思うんです。つまり、これまでの内部通報受付窓口の延長ではダメで、内部公益通報受付窓口との理解が求められているのです。

Q:指針では内部公益通報の内容を共有する者の範囲について、明確に「範囲外共有」という言葉ができ、違反者へ「懲戒処分」という言葉も用いた表記となりました。濱田氏が行った内部通報で問題となった情報漏洩が、この表記を後押ししていると思いますが、この辺りの評価はいかがでしょうか。

「範囲外共有」とは、公益通報者を特定させる事項を必要最小限の範囲を超えて共有する行為をいう。
※消費者庁HP 別添「公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」の用語の説明 より抜粋

濱田氏:国会(衆議院)に於いて、内閣府特命担当であった衛藤 晟一大臣が、私の名前を出してこの情報漏洩に刑事罰を盛り込んだ意義を述べられていたことからも、私がオリンパス社と争った内部通報告発漏れ制裁人事裁判での最高裁判例(濱田氏が勝訴)が、この表記を後押ししている事は間違いないと思います。
その上で、”違反者への懲戒処分”との強い文言を用いた表記となった指針には、上記の裁判が提訴から丸8年も要したことで、通報者にとって公益通報者保護法の扱いの難しさが露呈したことが、大きく影響したと思われます。内部通報者の守秘義務が守られてさえいれば、通報者への違法配転や人権侵害などが起こり得なかったはずだと、政府が通報者情報の無断漏洩の重大さを真剣且つ極めて深刻に考えて下さった証だと思っています。

刑事罰が科せられる対象の解釈について

濱田氏:刑事罰が科せられる対象は、公益通報対応業務従事者となっていますが、公益通報者保護法での内部公益通報先は、「役務(労務)提供先及び役務提供先があらかじめ定めた者(公益通報対応業務従事者)」の両方となっています。これは、”役務提供先 = 非組合員管理職も含む” と解しておく事が、会社側にとって幹部社員への刑事罰や行政罰措置に繋がりにくくなると考えています。
すなわち、改正法11条などでは、公益通報対応業務従事者に加え管理職も刑事罰対象との判断がされる可能性があり、内部公益通報を受けて通報者情報を無断漏洩した会社側の管理職(上司)に刑事罰が科せられないとは限らないということです。管理職以上は、内部公益通報先の本法条項第二条(公益通報の定義)を確実に理解しておかなければならないのです。
このことは、管理職を含む、特に企業経営者にとって特に注意すべき点であり、改正法対応を、コンプライアンス室などへ従来の延長的な安易な考えのもとで丸投げするのは、実に危険であるとの自覚を促せます。

民事的な法律から、刑法を伴う法律へ変貌したともいえる

濱田氏:身近なこととして、企業活動においてよくあるパワハラ、セクハラ相談案件についても、まさに生じようとしていると思料(予測)される公益通報の要件を満たす行為が確実に示されている場合、内部公益通報の定義に合致し、罰則が追加された改正法のもとでの無断漏洩などの違反行為に及ぶ可能性があると考えられます。これまでは、民事的な法律でしたが、これが刑法を伴う法律に変貌したのですから、パワハラ、セクハラ事案に関しても、管理職は対応を誤ると挙句の果てには懲戒処分になる可能性もあり、大きな注意が必要となります。

Q:指針文中「範囲外共有等の防止に関する措置」の辺りを読むと、匿名の通報者への特定や探索を防止する措置ついても言及されていますが、窓口の従事者にとっては、調査する上で難しい問題だとも感じました。特定しないと調査できない通報もありそうですが、この辺り企業側はどう対応するのがよいと思われますか?

範囲外共有等の防止に関する措置
イ 事業者の労働者及び役員等が範囲外共有を行うことを防ぐための措置をとり、範囲外共有が行われた場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
ロ 事業者の労働者及び役員等が、公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合を除いて、通報者の探索を行うことを防ぐための措置をとる。
ハ 範囲外共有や通報者の探索が行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる
※消費者庁HP 別添「公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」の用語の説明 より抜粋

濱田氏: 対応以前の課題として、社員(内部公益通報する従業員)と公益通報(内部公益通報)対応業務従事者との、心底からの信頼関係をつくり上げることが大前提ですね。なぜなら、実際は匿名通報では調査のしようがないケースが多々発生することが考えられ、調査を行うためには、必要最小限の範囲での通報者情報開示の承諾を得る必要が発生する可能性が高くなるでしょう。
特に、内部公益通報を受け付ける外部弁護士や、外部委託業者は、社内の公益通報対応業務従事者等、企業内部の管理職等との連携なくして調査を行うことはほぼ不可能だと考えられます。無断漏洩に刑事罰がつく改正法では、情報漏洩に関して、危なかっしくて通報者とのやり取りだけに終始せざるを得ない状況になると容易に推測できるからです。
通報者から信頼されて、必要最小限の範囲内での情報開示承諾がとれるような企業風土づくりと、労使一体となっての、真剣な改正公益通報者保護法の勉強を真剣に始めることが必要になるのです。
そういう対応ができる企業づくりが2022年6月の改正法施行までに求められてますね。

Q:また従業員や役員、そして公益通報者への不利益な取り扱いについても、違反者には「懲戒処分」などの言葉を交えて強く書かれています。この辺りの罰則への表現については、どのような評価されているでしょうか。

濱田 氏:これくらいの強い言葉が交えられた政府指針となっていることを、とりわけ、企業のリーダーである代表取締役をはじめとする全ての経営者は、緊張感を持って非常に重く受け止めなければなりません。つまり、指針の中の、”懲戒処分”との強い言葉を使った記載や、それを内部規定において定め、その内部規定の定めに従って運用するとの記載は、政府が、民事的法律から刑事罰付き法律に大激変した改正法施行を甘くみてはならないですよ、と念押ししているように感じています。
「不祥事が起きて明るみになり経営者が頭を下げた、あのみっともない記者会見をいつ自分がする事になるかわからない」、改正法の施行により「内部公益通報者情報の無断漏えいによる刑事罰などの罰則が身近に迫ってくる」との緊張感を、先ずは全ての企業の代表取締役が持つことが肝要だと思います。

改めて関係者への周知や教育を重要視

Q:指針の後半では、周知・教育への言及があり「従事者に対しては、公益通報者を特定させる事項の取扱いについて、特に十分に教育を行う。」と書いてあります。ここにある従事者への教育は、誰が行った方がよいと思いますか?

法及び内部公益通報対応体制について、労働者等及び役員並びに退職者に対して教育・周知を行う。また、従事者に対しては、公益通報者を特定させる事項の取扱いについて、特に十分に教育を行う。
※消費者庁HP 別添「公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」の用語の説明 より抜粋

濱田氏: 内部公益通報対応業務従事者として会社から任命され、通報者と会社双方の利益のために存在する者、例えば内部公益通報を受け付ける外部業者や顧問弁護士でない弁護士、そして私のような内部通報経験者が協力して構築した教育プログラムを実施することで、リアリティと実りのある教育に繋がると私は考えています。
単刀直入に申し上げますと、私のような、社規則などの会社ルールに則って正しいプロセスで内部通報し、企業から報復を受けたけれども、裁判を通じてその報復を跳ね返し、最終的には会社と和解して定年まで勤め上げたビジネスマンなら従業員に響くのではないでしょうか。

Q:同じく指針の後半で定期的な体制への点検や実績の社内報告、保管など企業内の制度運用について書かれている点についてもお伺いします。例えば、定期的な評価や点検は、どのような項目が必要だと思われますか?

濱田氏:最も必要となる定期的な評価、点検項目(点検アクション)の根幹は、

  • 内部公益通報対応業務従事者がアクティブに活動しているか
  • 形だけのマニュアル業務になってないか
  • これらへの経営者によるチェックの実施

であると考えています。
これらの結果を、毎月レベルで代表取締役から社員等に発信することまで含めて点検の実施に定義付けすべきです。当然、実績集計や機密性の高い保管状況の確認などは、当たり前の点検として含まれます。
制度運用の状況確認を活きたものとするためには、その一連の確認、改善プロセス(PDCA)を必須とすることを内部規定にて定めるべきでしょう。とりわけ、そこから見えて来るタイムリーな課題の発見が重要で、浮き出た課題克服を継続的に代表取締役が関与して行う。なにより、このプロセスそのものを点検の基盤とすることが必須だと思います。

最後に

Q:最後に。指針が公表されて以降、政府や企業にどんな動きを期待しますか?

濱田 氏:なんといっても、まずは、政府(管轄である消費者庁)の、改正法運用のためのマンパワーの確保です。政府指針がかなり魂のこもった出来栄えとなっている反面、この指針をどう企業等に響かせるのか、違反企業の監視機能が発揮できるかがいまだ不透明であり、その体制づくりは特に期待したいところです。
一方で企業側には、代表取締役自らが、政府指針や改正法の立法趣旨を確実に理解して、全社を上げて内部公益通報者を守り、自分がリーダーを務める企業を守り、消費者等の権利、利益を守るため、企業に属する従業員全員が、自分の働く会社等の社会的存在意義と改正法の実効力を持った推進の重要性を意識しつつ、日々の企業活動に専心してもらいたいと思うんです。

ビジネスパーソンをはじめとする全ての働く人たちが、改正公益通報者保護法の施行をきっかけとして、”コンプライアンスの順守”という、もはや化石化しているとも思える決まり文句から、”公益通報者保護法を順守しての、コンプライアンスの徹底”へと意識改革することを期待しています。


DQトピックス編集部より

濱田氏は、内部公益通報そのものや通報による被害の実体験を発信できる数少ない方であり、企業が「起こるかもしれない内部公益通報」を事前にシミュレーションできる情報やアドバイスを多く残してくださっています。
濱田氏ご自身も体験を日本の各企業に役立てたいという使命感をもっていらっしゃり、今後もセミナーなどいろいろな場面で、健全な内部公益通報制度の普及にご活躍されることと思います。
インタビューでも辛い体験を真剣に時には陽気に話してくださり、とても感謝しております。
公益通報者保護法の改正により、日本の全ての企業で内部公益通報窓口の設置が義務または努力義務となるなか、一つでも多くこの連載が参考になればと思います。

オリンパス内部通報者の濱田正晴氏に内部通報制度や公益通報者保護法について聞く連載。全5回で掲載します。

アムール法律事務所 講師
濱田 正晴
はまだ まさはる

濱田正晴氏は1985年にオリンパスに入社し、開発、営業、マーケティング等の業務に従事してきた。営業の仕事に邁進していた頃、当時の上司が取引先重要顧客である大手製鋼メーカーの独自技術を知る営業社員を立て続けにオリンパスに引き抜こうとしているのを目の当たりにし、2007年に同社のコンプライアンス室に内部通報した。ところがコンプライアンス室の担当者は、濱田さんが内部通報したことを上司に漏洩。さらに会社としても濱田さんを専門外の部署に異動させる、社内の人間関係から孤立させる、最低の人事評価を与える、密室で大声で叱責するパワハラなど、数々の不利益な取り扱いを行った。濱田氏は2008年2月に配転命令の無効と損害賠償を求めて提訴したほか、東京弁護士会に人権救済を申し立てるなどしてオリンパスと闘ってきた。不当な人事や名誉の回復を求める訴訟も含めた8年間に及ぶ裁判の末、2016年2月にオリンパスと和解した。
内部通報をした経緯は、著書「オリンパスの闇と闘い続けて 浜田正晴 光文社(2012年)」で詳しく解説されている。2021年3月にオリンパスを退職し、現在は、アムール法律事務所にて自身の経験を糧に改正公益通報者保護法や内部通報制度に関するセミナーなどで講演するほか、アドバイザー業務も行っている。

アムール法律事務所(企業研修): https://www.amour-law.jp/lecture/#block01

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