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樋口先生の「失敗に学ぶ経営塾」WEB講座:著作権侵害事件とベンチャー経営シリーズ 第2回 著作権侵害事件の概要

2020.11.17

もくじ

第11回 ACFE JAPAN オンラインカンファレンスにて講演いただいた、危機管理・リスク管理の研究者 樋口先生による企業不祥事解説の連載記事です。今回からは、著作権侵害事件とベンチャー経営シリーズとして、第1回~第5回にて、ゲーム会社の不祥事事例を解説すると共にその企業体質を紐解いていきます。第2回の本稿は、著作権侵害を容認したような執筆マニュアルやSEO施策優先によって内容の正確性を軽視した経緯について解説します。

1.キュレーション サイトの買収とX氏の登用

 2014年7月、M社長は起業家のX氏と出会い、同人が運営していた住宅関連のキュレーション¹ サイト甲1の買収を即断した。さらにキュレーション事業を横展開するため、同9月にはファッション関係のサイト甲2を買収した。

 この買収の際に、デューディリジェンスを実施したD社の法務部が著作権侵害のリスクを経営陣に指摘したが、止まることができなかった。前回説明したとおりD社の経営はゲーム事業に大きく依存していたところ、2014年3月期から同事業の売上や営業利益が急激に減少していた。そのため、ゲーム事業に代わる新たな成長の柱を見つけなければいけないとの焦燥に駆られていたのである。

 M氏は、サイト甲1のビジネスモデルを横展開するため、X氏にD社の執行役員への就任を要請した。この登用に関しては、「(D社 は)大企業病に陥っているという危機感を有していたN氏らも、サイト甲1社の持つスタートアップのマインドがD社に注入され、D社社内に、失われかけていた「永久ベンチャー」の雰囲気が呼び戻されることを期待」(第三者委員会報告書58頁)したとされる。

 キュレーション事業の責任者となったX氏は、サイト展開のノウハウに精通したY氏を社外からスカウトした。しかし、当時Y氏が運営していたサイトが著作権侵害により炎上し、社内では同人の採用について疑問が提起された。N氏・M氏がY氏と面談した結果、Y氏がこれまでの事業を全て止めること、炎上事件について謝罪文を掲載することなどを条件に採用を決定した。

 D社は、事件発覚時までに計10サイトを運営していた(表1参照)。このうち子会社を通じて運営されていたのがサイト甲1・甲2・甲4の3サイトで、残りの7サイトはD社の直営であった。

2.SEOとクラウドワーカーの活用

 D社経営陣は、キュレーション事業を急成長させることを求めた。2015年10月には「ゲーム事業に次ぐ第2の柱を成す新規事業」と位置付け、2018年度末の同事業の時価総額の目標を2500億円と設定した。それを達成するための戦略がSEOであった。SEOとは、「Search Engine Optimization」の略で、Googleなどの検索システムのアルゴリズムを解析して、記事が表示される順位を上げ、トラフィック(アクセスするユーザー数)を増やすことである。

 キュレーション事業の立上げ直後から様々なSEO施策が模索され、記事作成時に特定のキーワードを記事に取り込む手法や、8,000~1万字程度の長文記事とすることが有効と判断された。また、短期間にできるだけ多くのユーザーをサイトに呼び込むため、記事数をなるべく増やすことが必要となった。そのために活用された手法がクラウドソーシングである。2016年11月末時点で、D社全体の編集担当者約110人に対し、クラウドライターなどの外部者は3,049人(サイト間の重複あり)に達していた。

 キュレーション事業の2016年度第2四半期の事業売上は約15億円に成長し、同9月には単月黒字を達成した。しかし、「ゲーム事業に次ぐ第2の柱」とするには決して十分ではない上に、事業の成長率も鈍化しつつあった。その理由として、個々の分野に強い関心を抱く読者層は自ずと限られ、サイトがある程度成長すると頭打ちになってしまうことが挙げられる。さらに、大手IT企業が続々とキュレーション事業に進出し、D社と同様にSEOを駆使したことから、次第にレッドオーシャン化しつつあった。

 また、仮にキュレーション事業が期待どおりの成長を遂げたとしても、それは決して持続可能なものではなかった。SEO施策はあくまでも現時点の検索アルゴリズムに対応したものにすぎない。将来的にアルゴリズムが変更された場合には、それまで積み上げてきた努力が無に帰してしまうリスクを抱えていたのである²。

3.著作権侵害の状況-悪のコピペ

 D社のキュレーションサイトにおける著作権侵害の問題は、2016年8月頃にはネット業界で周知されていた³。11月28日には、健康・医療を対象とするサイト甲7において執筆マニュアルでコピペを推奨していた問題が指摘され、D社は翌29日に同サイトを非公開化した。当初はサイト甲7を早期再開する予定であったが、他のサイトにも同様の問題があるとの批判が相次ぎ、12月7日までに全サイトの非公開化に追い込まれた⁴。

 具体例として、最も悪質とされたサイト甲7の状況を説明する。サイト甲7では、記事の量産のために記事作成プロセスの効率化を追求し、徹底してマニュアル化を進めていた。その執筆マニュアルでは、クラウドライターに参考サイトのURLを提示した上で、「参考サイトに類似しない本文作成のコツ」として、「中見出しごとに複数サイトを参考して複数意見を寄せ集めればどこを参考にしたかすぐ分かる状態ではなくなり、独自性の高い記事になります」と実質的にコピペを奨励していた(第三者委員会報告書181頁)。

 また、サイト甲7の記事を第三者委員会で調査した結果、薬機法に違反する疑いのある記事が8件、医療法関係が同1件、健康増進法関係が同1件の計10件(重複なし)であった。

 もともとサイト甲7の準備段階から、関係法令に抵触するリスクや健康被害が発生した場合の訴訟リスク等が問題視されており、法務部では、医師監修を付けるべきとの見解を示していた。これに対してサイト甲7の編集部は、医師等の監修を付けるとコスト的に見合わないとの理由で、監修の必要がないライトヘルスケア系の記事でサービスを開始した。

 しかしその後、トラフィックの目標値の達成のため、「医師監修を経ていない、内容の正確性に疑義のある記事が作成されてもやむを得ない」(第三者委員会報告書174頁)との方針に転じた。クラウドライターの多くは薬機・医療関係について素人であった上に、サイト甲7の編集担当者にも専門知識がなく、内容面のチェックがまったく行われていなかった。

 次回は、本事件の原因構造について解説する。

【今回の要点📝】

焦燥している経営者は、希望的観測により墓穴を掘りがちである。
そういう時にこそ、企業統治により冷静な第三者の助言を得ることが必要である。

【注釈および参考資料】

<注釈>

  1. 「キュレーション」とは、「キュレーター」(博物館の学芸員)から派生した言葉であり、Web上のコンテンツを特定のテーマや切り口で読みやすくまとめることである。
  2. 本事件の発生を受けてGoogle日本法人は、2017年2月に日本語検索システムの変更を発表した。その結果、上位のサイトの検索順位が軒並み低下したとのことである。
  3. プロバイダ責任制限法によれば、一般読者の投稿記事に関してサイト側は基本的に免責される。しかし本事件では、D社がクラウドライターに作成させた記事が大半を占めていたため、記事に関する責任をD社側が負っていた。
  4. D社の2017年3月期連結決算におけるキュレーション事業の業績は、売上収益3,660百万円、営業損失▲2,882百万円であった。本事件の発生を受けて、同決算では、キュレーション事業の使用価値をゼロとみなして、3,948百万円ののれんの減損を実施した。

<参考資料>

  • 第三者委員会(2017) 『調査報告書(キュレーション事業に関する件)』(第三者委員会報告書)
  • 樋口晴彦(2019) 『ベンチャーの経営変革の障害』白桃書房

警察大学校警察政策研究センター付
博士 警察庁人事総合研究官
樋口 晴彦
ひぐち はるひこ

1961年、広島県生まれ。1984年より上級職として警察庁に勤務。愛知県警察本部警備部長、四国管区警察局首席監察官等を歴任、外務省情報調査局、内閣官房内閣安全保障室に出向。1994年に米国ダートマス大学でMBA取得。警察大学校教授として危機管理・リスク管理分野を長年研究。2012年に組織不祥事研究で博士(政策研究)を取得。危機管理システム研究学会理事。三菱地所及びテレビ東京のリスク管理・コンプライアンス委員会社外委員。一般大学で非常勤講師を務めるほか、民間企業の研修会や各種セミナーなどで年間30件以上の講演を実施。

【著作】
『ベンチャーの経営変革の障害』(白桃書房 2019)、『東芝不正会計事件の研究』(白桃書房 2017)、『続・なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか』(日刊工業新聞社, 2017)、『なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか』(日刊工業新聞社, 2015)、『組織不祥事研究』(白桃書房 2012)など多数。その他に企業不祥事関連の研究論文を学術誌に多数掲載。コラム「不祥事の解剖学」(ビジネスロー・ジャーナル誌)、同「組織の失敗学」(捜査研究誌)を連載中。

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