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会計不正の類型と再発防止策 : 第12回「子会社不正-その3 子会社役職員による横領」

2021.03.09

 過去2回、子会社不正の事例から再発防止策を検討してきたが、今回は、上場会社の子会社における役職員による横領をとりあげたい。上場会社本体に比べて、内部統制が十分に機能していないことが多い子会社で、不正が多く発生しているのはこれまで見てきたとおりであるが、そこに、子会社の事業に精通している役職員の職務を牽制する者が不存在であった場合には、不正が長く続き、不正が行われてきた期間に比例して、被害金額も大きくなる傾向がある。
 本稿では、いずれも20年以上にわたり会社資金の流用が発覚しなかった子会社役職員による横領事件を題材に、再発防止策・早期発見策を検討したい。

もくじ

1.子会社の代表取締役による売掛金横領

 道路関連事業及びレジャー関連事業を行うS社の100%子会社で、道路メンテナンスを主たる事業とするK社において、複数の取引先に対する売掛金の回収が遅延していたことから、S社がK社に指示し、回収に向けた準備を進めさせていたところ、2019年3月13日、当時のK社代表取締役社長(以下「元社長」という)が、S社顧問弁護士に対して、元社長が、これらの売掛金について各取引先から支払を受け、着服していた旨を申告した。
 S社は、3月22日、特別調査委員会を設置し、元社長による代金着服に関する事実関係の解明等を目的とする調査を行うことを依頼した。
 K社は、1983年5月30日に、S社の完全子会社として設立され、元社長の父親が設立した株式会社の事業である道路の路面清掃等の維持管理業務を引き継いでいた。元社長は、1994年にK社の取締役に就任し、2000年からは同社代表取締役社長を務めていた。

<元社長による横領の概要>

特別委員会による調査の結果、元社長による横領の主な態様として、
(1)元請事業者から支払われた下請代金等の着服
(2)下請事業者にK社に対する下請代金を水増し請求させた上での、当該水増し分についてのキックバックの受領
(3)K社名義による借入

という3つの類型が認められ、着服した下請代金等の金額は約1億7千万円、不正は元社長が取締役になった1994年の数年後から開始されていた。

特別調査委員会は、原因分析を次のようにまとめている。

1.元社長によるK社の私物化
2.K社における牽制機能の無効化
3.S社における元社長に対する不十分な監視·監督
(1)S社からの派遣取締役らによる監視・監督が不十分であったこと
(2)S社関西支社の対応が不十分であったこと
(3)S社内部監査室によるK社に対する内部監査が不十分であったこと
4.S社におけるK社の安易な特別視

 親会社であるS社による監視・監督が不十分なものにとどまっていた理由として、特別調査委員会は、「現に売掛金の滞留等に気付きながら、その原因の分析を行わず、元社長に対応を任せ続けることは、子会社を管理しなければならないという意識そのものが乏しかったと言わざるを得ない」と評したうえで、「K社については元社長に任せれば良いという」安易な特別視を原因として挙げている。

2.親会社から出向している社員による横領

 製紙業界大手のH社の100%子会社で、不動産売買・仲介、自動車学校の運営、自動車の販売・整備、石油燃料の販売などを主な事業としているHT社(本店所在地は新潟県長岡市)に、2015年5月1日、取引銀行であるA銀行から当座貸越契約の更新依頼の電話があり、休暇中だった総務部長に代わって電話を受けた課長は、この電話を不審に思って、HT社社長に報告した。また、郵便物の中にHT社とは取引のないB銀行発信のものを見つけ、開封したところ、HT社の返済予定表が入っていた。
 連休明けの5月6日、出社した総務部長に直接確認したところ、総務部長はHT社の資金を着服したことを告白した。内部調査の結果、過年度決算に訂正事項を生じる可能性が高いことが判明したため、H社は、平成27年3月期決算短信(連結)の公表を延期するとともに、社内調査委員会を設置して詳細な調査を行うことを決定した。

<総務部長による横領の概要>
 社内調査委員会の調査の結果、総務部長は、1999年3月にH社からHT社に出向、競馬、パチンコなどのギャンブル、飲食、あるいは複数の愛人との遊興費の資金を得るため、翌年4月以降、資金の着服が発覚するまでの間、自らに経理および財務業務の実質的な権限が集中していることを奇貨として、HT社名義で締結されていた銀行との当座貸越契約を利用して、15年間にわたり不正に小切手を振り出し、自ら現金に換金して着服していたものであり、不正借入の合計は、2750百万円であったことが判明した。
 社内調査委員会は、HT社の内部統制上の問題として、「統制環境」「統制活動」および「情報と伝達」について次のように言及している。

統制環境
 人事・総務業務と経理・財務業務のすべてを所管しているため、業務範囲も広く、権力も集中している総務部にあって、一番古株でノウハウもある総務部長は、所管業務を思い通りにすることができ、「経理」「財務」の職務分掌が適切に機能しておらず、相互牽制も利かなかった。また、社内で総務部長以外の部長クラスには経理・財務業務を理解できる人材がいなかったため、部長間でのチェックも利かず、また、社内での人事ローテーションもできなかった。
統制活動
 HT社の歴代の社長は、親会社であるH社における役職の兼務者(非常勤者)であり、不在であることが多く、総務部長は社長に次ぐ立場で振る舞い、時には社長に相談することなく重要な事柄を独断で決定していたとの証言もあった。一方、総務部長の日常の勤務態度は芳しくなかったが、親会社からの出向者であるということに対する遠慮もあり、他の社員は、諦めや無視という対応となってしまっていた。
情報と伝達
 総務部長は、実際には正規の当座預金口座を解約したと虚偽の報告をして、小切手帳と銀行届出印を個人的に所有して、自由に小切手を振り出し、換金して着服していた。当時、社内や親会社は、総務部長からの報告を疑うことなく、口座解約の証跡や、銀行印・小切手帳の処分結果までは確認をしなかった。同様に銀行からの郵便や電話については直接Xが処理・対応する慣行になっており、不在時でも、他の者がその郵便や電話の内容を確認することは行われていなかった。

3.早期発見策・再発防止策

 両方の事案とも、繰り返されていた会社資金の着服は、20年近く、またはそれ以上の期間を通して発覚しなかった。子会社内部による牽制機能がなかったことに加えて、親会社による監視監督が不十分であったことが、不正が長期間発覚しなかった理由として挙げられているが、それぞれの再発防止策を検討しておきたい。

 S社が、2019年4月24日に公表した「当社子会社元役員による不正行為に関する再発防止策の策定および関係者処分に関するお知らせ」というリリースから、再発防止策を引用しておきたい。特別調査委員会の指摘を踏まえ、S社は、「本件不正行為が発生した背景には、本件子会社元社長と取引先との関係性などを安易に信用し、元社長に任せていれば良いという特別視が当社に生じていた」ことを認めたうえで、K社に対する管理体制の強化を図っている。

1.本件子会社における業務分掌の見直し・業務プロセスのルール化
2.コンプライアンス教育の充実
3.本件子会社に対する管理体制の強化
(1)他の子会社と同様に当社役員を兼務役員、監査役として派遣し、監視体制を強化する。
(2)四半期ごとに当社の取締役会において、本件子会社における主な案件の進捗状況や、現場において生じている間題点等について報告を受け、当社取締役会による監督を強化する。
(3)関西支社長が、本件子会社の下請事業者との情報交換を密にし、必要に応じて業務の実態調査を行い、評価する。
(4)関西支社経理部門の人員を拡充し、本件子会社の経理に対するモニタリングを強化する。
(5)内部監査室の人員を拡充し、当社における本件子会社に対する監査機能を強化する。

 一方、H社が、2015年5月28日に公表した再発防止策は、少しトーンが異なっている。
H社は、社内調査委員会から、本件不正行為に関し、統制環境、統制活動、情報と伝達等の内部統制上の問題点が指摘されたことに対し、次のように再発防止策を説明している。

 当社グループにおいて確立されている内部統制システムを補完し、関係子会社に対してコンプライアンスを含むガバナンスを「草の根」からさらに有効に運用するため、内部統制監査室を拡充した新組織「グループ統制管理室」を当社内に設置し、グループ統制管理室を中心として、具体的な改善策を検討・実施してまいります。

 こうした再発防止策は、HT社総務部長の犯罪を、「極めて巧妙な手口により、税務調査や親会社の内部監査および会計監査人の往査、さらには銀行の審査をくぐり抜けることで、意図的に不正な資金の着服が継続されることとなった」として、総務部長個人の特殊性を強調した、社内調査委員会の原因分析に基因しているものであると言えよう。

 H社が調査主体として、社外監査役・常勤監査役からなる社内調査委員会という体制を取った理由は詳らかではないが、独立性・中立性の高い第三者委員会による調査であった場合にも、社内調査委員会と同様に、「内部統制システムは確立されているが、不正が発覚した子会社には脆弱性があった」という結論が導かれたかどうかはわからない。

4.まとめ

 企業不祥事防止のためのセミナーでは、講師から、「会社を休まない人、休日出勤を繰り返している人は怪しい」とか、「金融機関では行員に対して、強制的に休暇をとらせて、業務内容をチェックしている」といった事例が紹介されることが多いのだが、H社子会社の事案は、ゴールデンウィーク期間中に長期休暇を取っていた総務部長宛ての電話に出た課長の機転が、20年にわたる総務部長の犯罪を暴き出したものであり、「強制的に休暇を取らせる」ことが相互牽制になるだけでなく、不正の端緒の発見にも資するものであることを示している。
 両方の事案を通じて明らかになったのは、親会社から子会社の取締役または監査役に派遣される役職員については、取締役または監査役の職務についての十分なトレーニングが必要であり、子会社の社長や古参の幹部社員に対して、きちんと意見を言明できる資質を有していることが求められている。本社で役職に就いたまま、「非常勤」で子会社の取締役または監査役を兼任させるだけでは、子会社における監視監督機能は期待できないということは、本稿でとりあげた2つの事案のみならず、数多くの子会社不正に係る調査報告書から読み取ることができよう。

米澤勝税理士事務所
代表
米澤 勝
よねざわ まさる
税理士、公認不正検査士(CFE)

ACFE JAPAN 研究会所属:東京不正検査研究会、不正の早期発見研究会
租税訴訟学会 会員

1998 年、税理士登録。1998 年 2 月から 2010 年 1 月までIT 系企業で税務、債権管理、内部統制などを担当。2010 年 1 月、税理士として独立開業。

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