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コーポレートガバナンスリスクマネジメント

<連載>積水ハウス地面師詐欺事件①急いでは事を仕損じる

2021.04.06

 不動産専業の一部上場企業である積水ハウスが、2017年、東京・西五反田の土地をめぐり地面師グループに55億円をだまし取られた地面師詐欺事件は、社会に大きな衝撃を与えた。積水ハウスが公表した報告書を読み解き、詐欺行為に騙されないリスクマネジメントと企業経営を学ぶ。第1回は、事件の経緯を振り返る。

※積水ハウス側の人物の役職・呼称はいずれも2020年末時点のもの

1. 購入の決定



 問題の物件は、X氏が東京都品川区西五反田に保有していた約2000㎡の土地で、80~100億円の価値があるとされていた。当時はX氏が同所に独居していたが、2017年2月から末期がんで入院して不在だった。
 同年4月4日、積水ハウスの東京マンション事業部のA営業次長(以下、「A次長」)は、Y氏が経営する(株)YHが売買代金60億円で本物件の売買契約を締結したとの説明を受けた。同13日にA次長と事業開発室(用地買収担当)のB課長が、Y氏・小山操被告(主犯格の一人で地面師、Y氏が「X氏の財務担当」と紹介した。現在は姓をカミンスカスと変更)と面談した。その際にY氏は本物件の転売価格として70億円を提示し、小山被告が「購入希望者がたくさんいるのでスピードが大切だ」と説明した。
 事業部側では、4月14日の会議でM本部長(常務執行役員)が本物件の購入を決定した。同19日に本社の不動産部(審査担当部署)に購入稟議書を送付し、同日中に不動産部が稟議審査を実施して関係部署に回議した。本来であれば、その次に取締役に回議する手順であったが、M本部長が決裁を早急に済ませたいと要請したため、不動産部は同20日に飛び越えで阿部社長の決裁を得た。

2. 契約の締結



 4月19日、Y氏が「節税のため」として仲介を(株)YHからYH(株)に変更することを申し入れた。YH(株)はいわゆるペーパーカンパニーだったが、積水ハウス側は了解した。
 4月24日、A次長・B課長・偽X(地面師グループが連れてきた偽の人物)・小山被告・Y氏が出席し、YH(株)-積水ハウス間の売買契約が70億円で結ばれ、所有権移転の仮登記を申請した。この時に偽Xが持参したパスポート、印鑑証明書、権利証の各原本をC司法書士が確認したが、偽造された書類であることを見抜けなかった。積水ハウス側は、14億円の手付金(うち12億円は預金小切手)をY氏に支払い、残額(56億円)の支払いは7月31日とされた。
 C司法書士は、法務局で登記名義の履歴調査を実施し、「本件不動産の一番古い昭和37年(1962年)3月30日の登記簿謄本を取得して確認したところ、履歴等は一致していたこと、登記官に偽Xの持参した本権利証の写しを確認してもらったところ、原本ではなく、また実際に申請がなされたものではないから具体的な見解は出せないという前提であるものの、当時の様式と比べて明らかに不自然であるということはない旨の回答を得た」(総括検証報告書36頁)とA次長に報告した。

3. 不審情報の認知



 5月10日以降、積水ハウス本社に計4通のX氏名義の内容証明郵便が到着した¹ 。「本物件の所有者だが、売買契約はしていない。仮登記を抹消しないと法的手続を取る」と警告する内容だったが、事業部側では、既に偽Xに関して本人確認を済ませていたことなどから、内容証明郵便を『怪文書』と判断した。
 小山被告は、かねてから「X氏には内縁の夫がいるが、最近2人の関係が悪化している」「内縁の夫は本取引に反対だ」と説明しており、内容証明郵便に関しても「内縁の夫が送ってきたと思う」と巧妙に誘導した。そのため、事業部側には、内縁の夫とその背後にいる不動産業者が取引を妨害しようとしているとの思い込みがあった² 。
 その一方で、念のために事業部側でも、本物件の内覧をする際に偽Xが敷地内をどのように案内するかで本人性を見極めようと考えていた。しかし、内覧当日に偽Xから体調不良との連絡があり、代理人による内覧が行われた。そのため事業部側では、代替手段として、「内容証明郵便は自分が出したものではない」との確約書を偽Xから入手した。


¹ この内容証明郵便はX氏の異母弟が送付した。X氏には子供がおらず、同人が事件後に死去した際には、この異母弟が相続人であった。
² この他にも、ブローカー風の人物2人が訪問し、「Y氏との取引は不適切」などと抗議したが、事業部側では「取引を妨害するための嫌がらせ」と判断した。

4. 支払いの前倒し



 5月22日に本社法務部長・M本部長・A次長などによる会議が開かれ、本取引に対する妨害を回避するために残額の支払いを前倒しするとの方針を決め、決済日を6月1日に変更した。ところが5月31日の最終打ち合わせの際、偽Xは権利証を持参しなかった³ 。「権利証を保管している内縁の夫との関係が悪化して取りに行けない」とのことであった。これに対して「(A次長は、) 相手方弁護士や司法書士から、弁護士作成の本人確認証明で移転登記可能と聞くと、安易にその方法を受け入れた」(調査報告書8頁)とのことである。なお、その際にC司法書士が偽Xの持参したパスポートに紫外線を照射し、添付写真と同じ顔が浮かび上がること(パスポートの偽造防止対策の一つ)を確認した。


³仮登記と異なり、本登記の場合には申請時に権利証を添付するが、地面師側が権利証の偽造を見破られることを怖れたと推察される。

5. 残金の決済



 6月1日10時過ぎ、A次長・B課長・偽X・小山被告・Y氏が、残金決済のため東京マンション事業部に集合した。そこに、「取り壊し作業のため積水ハウス担当者が建物内に入ったところ、警察官が来て任意同行を求められた」との知らせが届いた。X氏の異母弟から被害届の提出を受けた大崎警察署が、本物件に防犯センサーを設置していたのである。
 しかし、出席者の意見が「この取引を妨害しようとする者の仕業だ」と一致したため、決済の手続を続行することになった。本物件の所有権移転の本登記の申請を法務局が受理したことを確認すると、積水ハウス側は支払い残額の預金小切手計8通(計約49億円)を交付した。
 決済終了後、A次長は大崎警察署に赴き、X氏の異母弟及びその弁護士と対面した。相手方は前掲の内容証明郵便と同旨の説明をしたが、「X氏が面会謝絶状態ならば、どうやって内容証明郵便を作成したのか」との積水ハウス側の顧問弁護士の質問には回答しなかった。また、本物件の周辺で偽Xの写真を使用して近隣住民に対する聴き取り調査を行ったが、回答が分かれたため、偽者と断定するには至らなかった。
 同日、M本部長・A次長・B課長などが顧問弁護士も交えて協議した結果、X氏の異母弟側の態度から考えて、取引を妨害するための嫌がらせと判断した。その一方で、念のために偽Xのパスポートを再度チェックすることにしたため、A次長は、小山被告を通じて偽Xに幾度も連絡したが、会うことが出来なかった。
 6月6日、法務局は、申請書類に添付されていた国民健康保険証のコピーが偽造と判明したとして、登記申請を却下する方針を積水ハウス側に伝達した。事業部側は、保管していた権利証のコピーを法務局に持ち込んで確認を求めたところ、法務局が当時使用していた印影と僅かに違う箇所があるとの指摘を受けた。
 手付金を含めて購入金額は約70億円だったが、積水ハウス側の実質的な被害額は約55億5千万円である。7億円が建物解体までの留保金とされ、さらに偽Xが積水ハウスの分譲マンションを購入する代金として約7億5千万円の小切手が返却されていたためである。

警察大学校警察政策研究センター付
博士 警察庁人事総合研究官
樋口 晴彦
ひぐち はるひこ

1961年、広島県生まれ。1984年より上級職として警察庁に勤務。愛知県警察本部警備部長、四国管区警察局首席監察官等を歴任、外務省情報調査局、内閣官房内閣安全保障室に出向。1994年に米国ダートマス大学でMBA取得。警察大学校教授として危機管理・リスク管理分野を長年研究。2012年に組織不祥事研究で博士(政策研究)を取得。危機管理システム研究学会理事。三菱地所及びテレビ東京のリスク管理・コンプライアンス委員会社外委員。一般大学で非常勤講師を務めるほか、民間企業の研修会や各種セミナーなどで年間30件以上の講演を実施。

【著作】
『ベンチャーの経営変革の障害』(白桃書房 2019)、『東芝不正会計事件の研究』(白桃書房 2017)、『続・なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか』(日刊工業新聞社, 2017)、『なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか』(日刊工業新聞社, 2015)、『組織不祥事研究』(白桃書房 2012)など多数。その他に企業不祥事関連の研究論文を学術誌に多数掲載。コラム「不祥事の解剖学」(ビジネスロー・ジャーナル誌)、同「組織の失敗学」(捜査研究誌)を連載中。

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