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コーポレートガバナンスリスクマネジメント

<連載>積水ハウス地面師詐欺事件③組織的な失敗の背景

2021.05.11

 不動産専業の一部上場企業である積水ハウスが、2017年、東京・西五反田の土地をめぐり地面師グループに55億円をだまし取られた地面師詐欺事件は、社会に大きな衝撃を与えた。積水ハウスが公表した報告書を読み解き、詐欺行為に騙されないリスクマネジメントと企業経営を学ぶ。最終回の第3回では、組織的な失敗の背景を探る。

※積水ハウス側の人物の役職・呼称はいずれも2020年末時点のもの

第1回 事件の経緯、第2回 リスク管理上の問題点 はこちら

 第1回第2回記事 で解説したとおり基本的なリスク管理が出来ていなかった点について、積水ハウス東京マンション事業部のA次長に疑惑をかける報道も一部でなされた。しかしA次長は、B課長と一緒に交渉に当たっていた上に、取引方針に関しては上司であるM本部長と協議していることから、A次長個人を問題視する見解には同意できない¹ 。
 個別に見ても、「取引内容の不審点の放置」「信用調査の未実施」「正体不明の取引相手の承認」「預金小切手による支払い」は事業部側全般に当てはまり、「知人による本人確認の未実施」「内容証明郵便の軽視」は事業部側の方針そのものであった。「権利証未提出の承認」はA次長の独断だが、取引の決済を速やかに実行するという事業部側の方針に沿うものである。「緊急時対応の懈怠(けたい)」についても、その後のM本部長を交えた会議で「取引を妨害するための嫌がらせ」と判断している。さらに、「稟議審査の懈怠(けたい)」は、事業部側ではなく不動産部の失態であった。
 本事件は、まさしく積水ハウスの組織的な失敗と捉えるのが妥当であり、その背景として、以下の諸点が挙げられる。


¹ この点については総括検証報告書も、「当委員会による本総括検証の過程において、A 次長をはじめとした積水ハウスの役職員が地面師グループやY氏と何らかの不適切な関係にあったとの形跡は一切認められなかった(刑事判決においても一切そのような認定はなされていない。)」(同79頁)としている。

1. 本取引への強い執着

 事件当時の2017年前後は、リーマンショックで落ち込んだマンション市況がアベノミクスや日銀の金融緩和を背景に回復し、売れ行き好調によりマンションの在庫が不足したため、業界では新規マンション用地の獲得にしのぎを削っていた。本物件は絶好の立地で、買収価格もかなり割安であった上に、積水ハウスが分譲していたマンションを偽Xが11戸も即金で買い取るというおまけもついた。
 このように本取引は非常に魅力的であったため、M本部長以下の事業部側関係者の間に何としても契約を成立させたいという意識が生じていた。さらに、地面師側の巧妙な誘導によって、調査や検討に時間をかけたり、売主や相手方関係者の機嫌を損ねたりすると、他社に取られてしまうかもしれないとの心理に陥っていた。

 かくして本取引を進めることが当然視されていたため、「取引内容の不審点の放置」、「信用調査の未実施」の問題が発生し、トラブル発生時にも取引続行の方向で評価しようとするバイアスがかかり、「内容証明郵便の軽視」、「緊急時対応の懈怠(けたい)」につながったと考えられる。さらに、本取引を絶対に逃さないために、「知人による本人確認の未実施」、「正体不明の取引相手の承認」、「預金小切手による支払い」という形で相手側に迎合し、その決済を急いだことが「権利証未提出の承認」につながったと考えられる。

2. 用地担当者への監督の不在

 用地の探索や売買交渉は、担当者が築き上げた個人的ネットワークに頼っていた上に、そうしたネットワークを持つ者も限られていた。東京事業部内の用地担当部署は「事業開発室」であったが、A次長は、以前に土地の仕入れを担当していた経験から用地取得業務に関与していた。当時、A次長は営業担当の管理職であり、用地取得は担当外にもかかわらず、同人が本取引を主導していたのは、事業部側に彼に代わる人材がいなかったためである。このようにA次長に深く依存していたため、上司といえども彼の業務内容に容喙(かい)することが難しくなり、本取引に疑念を抱いたとしても、それを指摘することがはばかられたと認められる
 ちなみに、積水ハウス全体で見れば、用地担当者は決して少なくなかったが、マンション事業部単体ではそうした人材が不足していた。同社は営業重視の経営姿勢であったため、事業部の独立性やセクショナリズムが強く、各事業部が人材を抱え込んでしまったため、もともと体制的に小さいマンション事業² では、特定の社員に深く依存せざるを得なくなっていたのである。


² 積水ハウスでは、戸建・賃貸・分譲住宅事業が中心で、マンション事業については、2017年1月期の売上661億円(全体の約3%)、従業員数206人にとどまっていた。

3. 経営幹部のプレッシャー

 M本部長は、「マンション事業はM本部長の貢献もあって大きくなった事業」(総括検証報告書55頁)とされる実力者であり、M本部長が推進している案件に対し慎重な意見を提起することは困難だった。総括検証報告書は、「本件取引を完遂することが至上命題化した結果 (中略) A次長ら現場担当者にとって取引が進むにつれてますます後戻りできないものとなった」(同56-57頁)としている。
 さらに、本取引の稟議で飛び越えで社長決裁が行われた(第1回記事参照)ことから、阿部社長の意向を受けた「社長案件」と関係者が受けとめ、心理的負担を感じていた可能性がある。その結果、事業部側では何としても本取引を成功させたいとの意気込みがさらに強化され、不審点が浮上しても停止することを躊躇してしまったと推察される。

4. リスク管理部門の機能不全

 本社不動産部が稟議書の実質的審査を行うこととされていたが、実際には、「マンション事業本部や東京マンション事業部が専門性を有していたため、実際にはこれらの事業部の判断を追認することがほとんどであり、用地取得について踏み込んだ指導・助言を行うといったことは少なかった」(総括検証報告書25頁)とのことである。こうした受け身姿勢は法務部も同様であった。
 前述した営業重視の経営姿勢のため、リスク管理部門はいわば傍流の扱いであり、社内における発言力が弱かった。その結果、事業部門に押し込まれて追認することが習い性となり、職責の自覚が乏しくなっていたと推察される。さらに、前述のとおり本取引は「社長案件」とみなされていたため、リスク管理部門が忖度した可能性も否定できない

5. 全社的なリスク管理の軽視

 積水ハウスでは、不審情報を入手した場合の情報伝達ルートや役割分担が未整備である、預金小切手による多額の支払いが制度上認められている、地面師詐欺に関する社内教育が行われていないなど、全社的にリスク管理が軽視されていた。その事情として、営業重視の経営姿勢により社内の関心が営業面に偏向していたことや、同社が過去に詐欺被害にあったことがなく、警戒心が不足していたことが挙げられる。
 ちなみに、会社法第362条第4項第6号は、取締役の善管注意義務として、業務の適正を確保するために必要な内部統制システムを構築することを求めている。積水ハウスでは、稟議審査の問題は常態化していた上に、リスク管理のための基本的制度が未整備であったことを踏まえると、内部統制システムの構築が不十分と言わざるを得ない。

事件後の混乱

 2018年1月の積水ハウスの取締役会では、本事件の責任を明確化するためとして、和田会長が「阿部社長の代表取締役及び社長職の解職」を求める動議を提出したが否決された。それに続いて阿部社長が、新しいガバナンス体制を構築するためとして、「和田会長の代表取締役及び会長職の解職」を求める動議を提出したところ、和田会長は代表取締役及び会長職を辞任すると自ら申し出た。阿部社長と和田会長の間で深刻な対立が生じていたことがうかがえる。
 事件後の積水ハウスの対応に関して注目されるのは、当初調査報告書の開示を拒否したことである。これによって同社はマスコミから多大な批判を受けることになった。その後、2020年12月に総括検証報告書があらためて発表され、2018年に公表された調査報告書にミスリーディングな部分が少なくないことが判明した。特に、A次長が地面師と不適切な関係を有していたかのように調査報告書が示唆していた点は問題である。
調査報告書は、阿部社長個人の経営責任を厳しく指摘する一方で、CEOの和田会長に対しては、「速やかにリーダーシップを発揮して是正対策を進めよ」と述べている。調査対策委員会の意向が、阿部社長の排除と和田会長によるワンマン経営³ の継続にあったとの疑いを拭い去ることができない。不祥事調査のための委員会が社内の政争の道具として用いられたとすれば、たいへん残念なことである。


³ 和田氏(1941年生)は、20年にわたって積水ハウスの社長・会長を歴任したことから、「和田天皇」と呼ばれていた。

【編集部後記】
 前代未聞の地面師詐欺事件の舞台となった土地は、事件後別の不動産会社が取得し地上30階建てタワーマンションの建設が進んでいる。

【参考文献】

<連載 積水ハウス地面師詐欺事件>

【「樋口先生の「失敗に学ぶ経営塾」WEB講座 連載一覧】

―関西電力のコンプライアンス違反事件シリーズ―

―著作権侵害事件とベンチャー経営シリーズ―

警察大学校警察政策研究センター付
博士 警察庁人事総合研究官
樋口 晴彦
ひぐち はるひこ

1961年、広島県生まれ。1984年より上級職として警察庁に勤務。愛知県警察本部警備部長、四国管区警察局首席監察官等を歴任、外務省情報調査局、内閣官房内閣安全保障室に出向。1994年に米国ダートマス大学でMBA取得。警察大学校教授として危機管理・リスク管理分野を長年研究。2012年に組織不祥事研究で博士(政策研究)を取得。危機管理システム研究学会理事。三菱地所及びテレビ東京のリスク管理・コンプライアンス委員会社外委員。一般大学で非常勤講師を務めるほか、民間企業の研修会や各種セミナーなどで年間30件以上の講演を実施。

【著作】
『ベンチャーの経営変革の障害』(白桃書房 2019)、『東芝不正会計事件の研究』(白桃書房 2017)、『続・なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか』(日刊工業新聞社, 2017)、『なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか』(日刊工業新聞社, 2015)、『組織不祥事研究』(白桃書房 2012)など多数。その他に企業不祥事関連の研究論文を学術誌に多数掲載。コラム「不祥事の解剖学」(ビジネスロー・ジャーナル誌)、同「組織の失敗学」(捜査研究誌)を連載中。

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